ユキマツの「長期投資のタイミング」

比較検討により、長期投資における「比較的よさそうなタイミング」と「比較的有望な投資対象」を探るサイト

むかしの自分に再会する、夏の日

本日は投資とはあまり関係ない記事、ただのおっさんの夏の雑感です

 

そろそろ夏終盤

 

夏休み・・・

 

むかしはそんなものがありました。

 

夏休み、いい響きです。

 

セミが鳴き、スイカにかぶりつき、魚や虫取りにいそしみ、海の家、アブラゼミからヒグラシ、ツクツクボウシ・・

 

花火大会、普段着慣れない浴衣姿でテンションが上がる女の子、そんな彼女に嬉しそうな男の子・・・

 

暑さにへばることもありますが、夏は好きな季節です。

ずっと夏でも困るけど、独特の熱気にふと衰えを感じ、秋の接近を感じるときのあの切なさ、夏の黄昏・・・

 

今年の東日本は日照が極端に少なかったようですが、西は、普通に暑い夏です。

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どうせならカメのような・・・

 

今年は子供とザリガニ釣りや蝉取りをしました。

 

自分はむかし、ザリガニはもっぱら網で捕っていたのですが、子供はまだ無理なので、初めてスルメでザリガニを釣ってみました。

 

これが、実に面白い。

 

ザリガニはあまり賢くないです。

 

木の枝に釣り糸をまき、釣り糸の先端にスルメを巻き付け、水中に1~2分放置して静かに引き上げると、真っ赤なアメリカザリガニがスルメに食らいつき、子供が歓声を上げます。

ホレホレとザリガニを近づけるとビビる子供。

本気で怖がるその表情。

怖い中にある、好奇のまなざし。

 

ときどき地上に引き上げる前に危険を察知して池に逃亡することもありますが、再度スルメを放置しておくと、ザリガニはまたぞろぞろと食らいついてきます。

投資と違って、釣るのに失敗しても、ザリガニは何度でも食らいついてきます。いくらでもリトライできます。

ザリガニは自分のリスキーな状況をあまり理解できていないようです。

 

その点、カメは賢いです。

 

ザリガニのいる池にカメもいて、ときどき水面から頭を出していました。

 

ザリガニ釣りで狩猟本能が活性化していたので、網で捕まえることを企てます。

 

ゆっくり息を殺して接近、そろそろ網が届くかな?

いざ!というその瞬間、カメは意外な素早さを見せて水中に逃亡。

何度やってもダメでした。

 

どうせならザリガニではなく、カメのようなリスク意識の高い投資家になりたいと思いました。

 

世界はセミと自分だけ

 

蝉取りもやってみました。

 

セミは明らかに素早いので、セミがどう逃亡するかをある程度予測して、推定逃亡経路に被る形で網をゆっくり近づけます。

 

網の存在にセミが気づくか気づかない、ギリギリの距離で静止、そして一気に網を動かす、あの瞬間、世界はセミと自分だけ・・・

 

そうでした。

 

子供の頃は、本当に一点に集中する瞬間も多かった。

お金のことも、今後のこと、「今ここにないこと」にそれほど囚われていなかった。

 

その場その瞬間の「今」、目まぐるしく変化する好奇心や快不快の衝動に任せ遠慮なく行動していた。

 

「今」という瞬間の密度がとても高かったような気がする。

 

「今」という瞬間にしっかり「自分」が宿っていた気がする。

 

子供そっちのけで、

【セミが網に入るのか入らないのか、今大事なのはその一点】

という瞬間を体験し、そんなことを思いました。

 

もちろん子供時代に戻ることもできないし、むかしがよくて今がだめ、ということでもないのですが、より「今」に重きを置いていたむかしの自分に再会したような気がして、懐かしく、いい体験でした。

 

できればむやみに「今」を毒さず殺さず、しばしば「今」に興じる人でありたいものだ

 

長期投資の視点は主に「未来」です。

「今」や「過去」は参考にもなるので、「過去」と「今」も確認しますが、主な視点は「未来」です。

 

そして、長期投資においては近視的な発想はときに危険です。

できるだけ「今」の感情を排除し、冷静に現状を把握し、長期的な観点から投資行動をとることが望ましいと思われます。

 

ただ、わたしが生きているのは明らかに「今」です。

 

セミと自分だけしかいないこともある「今」です。

 

嬉しそうな子供の顔がある「今」

 

怖がる子供の表情が確認できる「今」

 

ザリガニの重みを指に感じる「今」

 

自分が真に宿るのは、そんな「今」です。

 

「今」の積み重ねが、人生。

 

その「今」の大事さに自分は十分に気づけているだろうか。

 

「過去」や「未来」にむやみにとらわれ過ぎて、ときに「今」が毒され弱っていないだろうか?

 

例えば日本悲観論。

マクロでみると、日本は経済的には衰退国である可能性があります。

人も減り、高齢化は進みそう。

インフラ整備も今後は十分にはできず、皆保険や年金も破綻するかもしれない。

今までの当たり前だったことが、当たり前でなくなる時代がもうすぐそこまで来ているかもしれない。

 

確かに、「未来」を見据え、そのような時代や社会の変化に対処するのは合理的で正しいように思います(わたしが投資を始めた理由の一つも日本の将来に悲観的だったことです)。

現在、役立ちそうな対策があるのなら個人で対策をとっておくこと(例えば「貯蓄+投資の勉強」や「国際分散投資の実行」など)は、やってみる価値のあることだと思います。

 

そういった理性的な対応は大事だと思うのですが、一方で、まだ訪れてもいない「未来」をむやみに暗くして、大事な「今」をむやみに毒し殺す必要もないんだろうなあとも思います。

 

今のような皆保険も年金も、高度なインフラも、そんなものは100年前にはなかった。100年前、日本の平均寿命はおそらく50歳にも満たなかった。

そういう時代でも、人はそれぞれの人生に日々立ち向かい、密度の濃い人生を生きていたのかもしれない(実際のところは知りませんが、たぶん)。

また、なきゃあないで、ない中で何とか知恵を絞って工夫して生きていく、それが生き物の「基本スタイル」かもしれません(たぶん)。

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そして、一人一人の「今」は本来、自由。

 

むやみに「失うかもしれない」なにかを意識して、「今」をむやみに毒すより、今ここに居られること自体に、ありがたさを感じられる日常でもありたい。

 

自分の「今のあり方」に配慮できるのは、たぶん自分だけ。

 

そもそも、生きてるだけで丸儲け・・・

 

「過去」や「未来」とのバランスも大事にしつつ、「今」を大事に、「今」をむやみに殺さないようにして、もし可能であれば、しばしば子供のように「今」に興じつつ、時を刻んでいきたいもんだ。

 

今、子供がいてくれて、むかしの自分に再会して、そんなこともぼんやり考えたりした、夏の日々でした。

 

※ちなみにぼんやりし過ぎていてスルメの処理を怠り、車中に一晩濡れそぼったスルメを放置してしまったところ、翌朝にはスルメの強烈な臭いが車に充満しており、しばらく悪臭が消えずにかみさんに叱られる夏の日々でもありました

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